葦のつぶやき

 江別に住んで三十年あまりになります。始めてこの地に来たとき電線を震わせる風の音がいやでした。それが今では他の地に住むのは考えれれないように根を下ろしてしまいました。

Friday, August 02, 2019

観葉植物は生きている

 家の中で観葉植物を育てられなかった。ずーと、植物にとって丁度いい環境が整えられなかった。
 水をやりすぎて根を腐らせたり、水をやらないで干からびさせたりでした。
 だから窓辺に鉢植えの花を飾ってある家を見るだけで尊敬したものでした。
 畑も花より団子で野菜ばかり育てていました。この頃やっと家に来た鉢の花も何年かの春を迎えられるようになり少しばかり命の伝達が出来るようになりました。 
 勿論畑の一角に花も乱れ咲くようになりました。

Saturday, February 23, 2008

朝から吹雪です

 息子が昨日から釣りに出かけました。
 海が荒れて釣りが出来ないと携帯から電話が入りました。天気予報で海が荒れるといっていたのに、それを押して出かけるほどの釣り好きです。
 息子は小さいときから夫と川に釣りにいつも出かけました。
 それからずーと釣り人生を満喫しています。

Thursday, April 26, 2007

旅行雑記

数十年前に職場の友達と三人で網走、知床方面に旅行に出た。私たちはリュックに運動靴で、ユースホステルに宿をとった。 知床で羅臼だけに登ることにした。木下小屋のところから登山口に入る。 登山には入山許可証を記入しなければならないのを知らなかった。登山で心に残る人2人と知り合った。1人はマッターホルンの山に将来登ると、いっていた。そのために短期的に黒部ダムとか工事現場でアルバイトをしながらお金を貯めたそうだ。資金ができると国内の山を登り足慣らしをしているとのことだった。もう1人は工場で指を切断され、厭世的になり旅に出て1年になるといっていた。旅行に一緒に出た友達は同姓から見ても魅力的な人だったからその2人に好意をもたれた。友は付き合っていた方がいたから2人とは縁がつながれることもなかった。 知床に行って何年か後に後者の人が数冊の本と犬を連れて無人島に移り住んだと週刊誌に載っていた。もう30年以上も前の話だが、この2人の青年が今はどんな人生を歩んでいるか時々想像する。

Thursday, April 05, 2007

初めての経験

サークルの友達が市会議員に出て2期目の真を問う時が来ました。私も友として何らかのお手伝いをする事にしました。講演会事務所にての電話掛けをする事になりました。 そんなことくらい訳が無いと思っていたのですがなんと難しいことか。マニアルどおりに復唱するだけでは気持ちが伝わりません。 自分自身を考えるとそういう電話だと分かっただけで今忙しいときっていました。 しかし、私が掛けさせて戴いた先は皆様とても優しかった。応援してますよ。身体に気をつけて頑張ってくださいね、と言ってくださる方が多かった。初めての経験でいろんなことを学ばさせていただきました。

Friday, April 28, 2006

幸運な犬

 ある年のふだん記より      
 ベランダから庭を見ていたらシロと目が会った。シロが家に来たのは昨年の七月の末だった。
一昨年に十数年いた愛犬の銀がなくなって、もう悲しい思いはしたくないと思ったのに家族の反対を押し切ってシロを連れて来たのは私だった。
妹が引越で三匹の犬の行き先に困っていた。可哀相だが最悪の場合は保健所にというので我が家で引き取ることにした。
シロは前にも二、三度飼い主の都合で保健所送りにというのをくぐりぬけて妹の家に来たという。だから妹はシロを幸運な犬と呼ぶ。私にはわかったようでわからない理屈だった。
 妹の家では自分の分をわきまえて、三匹の犬の中で小さくなっていたという。しかし、我が家に来ては“へえー! この犬が!うそっ!”というようにシロは態度がでかい。
動物には優しい主人の性格と、動物にも邪険な私の性格もシロはすぐに見抜いた。
ベランダから私達の動向を見張って、家の中から目を離さない。
私を見ても知らん振りだが主人だとわかると鼻を鳴らすから耳障りでうるさい。居間から主人が出ただけで自分へと続く道をじっと見ていて、姿を現そうものなら全身で飛び跳ね、前足をすり合わせ尻尾を振って歓待する。そしてえさ入れを咥えて自分の所に来るのを待つ。えさ入れが無ければ木の葉でも枯れ枝でも咥えれるものなら何でもいいみたいに思っている。いつでも主人が時間に関係なく食事を与えているわけではないのに主人イコール食事と思っているのがユーモラスだ。
主人がシロを撫でようものならまるで主従が逆なように手を休めるなと何度でも催促する。
 家族からは“お父さんがシロを甘やかすからシロがうるさいんだ”って嫌味を言われる。
私が畑の植物を味わうより生育過程を見るのに安らぎを感じるように主人はシロに癒されているようだ。 
パソコンのゲームを趣味とする主人のためにシロがきて良かったなあと思う。

Saturday, April 15, 2006

道楽に徹する人と付き合う人

 私の近しい人が目を輝かして膨らんだ財布の中味を見せてくれた。その人の夫は競馬、マージャン、パチンコ、花札と賭け事が大好き人間だ。資金の都合からか夫は妻をパチンコ屋に誘う。彼女も何度かにいっぺんは夫の顔を立ててのんびり球を転がしたという。その時に夫の目をかすめてためたお金で百万はあるといった。 
好きと上手は一致しない。家の誰かがパチンコ狂いをして家庭崩壊をした話を子供の頃からいくつも見てきた。

 その一つだが、父は商店の他、馬老いの親方もしていた。その馬老いの中に独り身のおじさんがいた。ある日、独り者だと思っていたおじさんに奥さんが引き上げてきた。周囲がおじさんのために喜んだのはつかのまだった。おばさんはパチンコ店の開店前に店の前に並び、終わる頃に家に帰る生活が始まった。おじさんの給料もおばさんのパチンコ代で直ぐに消えて食事も事欠くような生活になったらしい。おじさんのやせた体がますます細くなり、でっぷり太っていたおばさんは益々豊かな体つきになった。それでもおじさんは黒い顔を皺にして笑う優しい人だった。親方である父は生うどんやごはんに生醤油をかけて食べるおじさんの食生活を憂えた。それで父が1系を案じ、給料の一部を米とか醤油や味噌を分けて出すようにした。それでもおばさんは食物をおじさんの口に入れずお金に変えてパチンコ代に使ったようだった。そのせいかおばさんが引き上げてきて何年もたたずにおじさんは亡くなった。その後おばさんは国の世話で生活するようになった。その何年かごバスの窓からおばさんを見た。

 おばさんは太った体を白い割烹着でくるんで開店前のパチンコやの前ぬ並んでいた。おばさんが引き上げてこなかったらおじさんはもっと長生きしたかなとおもった。
 その後、膨らんだ財布の中味を見せてくれた彼女は夫のためにそのお金で車を買ったと教えてくれた。
雲の碑 冊子に投稿した文章です。

Sunday, March 26, 2006

徒然の日

 春の足音と共に朝、散歩に出るようにしている。ピーンと空気が張った中、歩を進める。
今の季節は町も人も眠っているのかあまり人には会わない。それでも途中ご主人と綱引きでもしているように手足を突っ張らせて散歩している犬と逢う。犬は小さいのに引き締まった身体をしていた。まあ綱の引き手が中年の男性だから突っ張る綱をきちんと引き戻している。
 道端に落ちているうらぶれた松ぽっくりポケットへ。このごろパソコンで絵を描くことに熱中している。これを上手に描けるかなと思いにんまりする。ある日自分のポケットの中身を出したらきっとドラえもんのポケットのようになっているかもしれない。  Posted by Picasa
 昨日、思いがけない友達から電話があった。
友達の友達が家事を放棄すると夫に宣言し、そのとおりにしていると話していた。
その友達は家をきちんと守る良妻賢母型だったらしい。
彼女の心の奥は計り知れない。もしかして、自分を殺して賢く見せて生きる事が急に馬鹿らしくなったのかと考えを巡らせる。
私は夫に上手におだてて家事をさせる才覚が無い。それに私の家なら夫はそれを良しとしないであくまでも抵抗するだろう。私も小心ものだ。たまに飲む会合に出ることもある。出たらこっちのものと友達には豪語する。夫は何時までに帰って来いとか、うるさく言う人ではない。でも、自分が自分を縛ってしまう。気持ちはシンデレラと同じだ。ある時間が過ぎると家のことが気になって仕方が無い。夫は寝たか? あれはどうか? これはどうかと気持ちがそわそわしてしまう。そうなるとその場にいても楽しくない。人にも迷惑をかける。それで一足お先にと帰ってきてしまう。
私は遊ぶことも、何もしないことも、大好き人間だ。たまに夫が釣りにでも出かけて二、三日留守になると聞いただけで嬉しい。口では一人では淋しいわ。といいながらも一日目は映画でも、二日目は友達と会って食事をとか思い巡らす。でも、結局は何もしないで済んでしまうことが多い。
夫が今日は俺が食事の支度をする、あんたはすきにしていいよ。なんていってくれたらどんなにか嬉しいだろう。でも、夫は言わないし、言ったとしても、二日、三日となると自分が黙ってはいられない。何もしないでいられるような性格ではないのが自分でも解かる。人のことながらそれを通すことにストレスを感じる。  Posted by Picasa
どんな生き方をするにしろ、それなりの覚悟が必要だ。生半可な考えではそう徹することは中々難しい。
我が家ではそれをよしとするのは自分が壊れた時か、重病人になったときぐらいだろう。そうならないように思うのが賢明なのかもしれない。
子どもがそれぞれに家を出て夫婦二人だけになった。今は適当に家事をして適当に手伝ってもらって適当に暮している。なんて散歩をしながら考えた。
三日坊主の私とてこの散歩がいつまで続くか、せめてこのふだん記が発刊される日ぐらいまで続けたいものだと思う。